監査ではクライアントの決算書の数値が正しいかどうかを調査するために様々な方法を使っています。その中の一つが分析的手続ですが、不正発見の手段であると同時に財務分析にも役立ちます。
監査の限界
監査の目的は、決算書の数字がどの程度信頼できるかを調査報告することにあります。逆に言えば、決算書上の粉飾や誤りを見逃さないように調査すると言うことです。ですが、膨大な取引の中に紛れている粉飾や誤りを見つけるのは至難の業。1件1件全ての取引を見ていくことができればそれも可能かもしれませんが、時間の制約(監査は決算から株主総会までの間に行います)や監査人の人数の制約を考えるとそれは不可能です。
ですので、監査は効果的に行うと同時に、効率性も求められます。効率的な調査方法として採用されているのが分析的手続です。
分析的手続というと難しく聞こえますが、決算書の数値が他の情報との間で矛盾がないかを調査する方法で、決算書の数値の妥当性を確かめます。
簡単な例を挙げると、多数の職員を新規採用した場合、職員の数(前期:100人→当期:120人)と人件費(前期:5億→当期:5億)の関係を比べて、矛盾がないかを調べます。上の例では職員が20人増えているにもかかわらず、人件費に変動がないので矛盾があることが分かります。矛盾があればその原因を確認して、不正や誤りがないかについてさらに調査していきます。
このように、分析的手続は、取引1件1件を確認していくのではなく、決算書の数値を他の財務情報やそれ以外の情報(この場合は職員の数)を比較する手法で、手間をかけずに不正や誤りを調査する方法として広く採用されています。
売上を例に分析的手続を見ていきます
分析的手続は決算書上の不正や誤りの調査にも使えますが、通常の財務分析でも利用できます。ここでは売上高を例にとって確認しましょう。
過去3年の実績が次のような会社があったとします。
金額を比較して増減を見ていくだけでも十分意味があることなのですが、もう少し別の見方をしていきます。
過去3年分について、利益率と売掛金の回収までの期間を意味する売上債権回転期間を比較してみます。
どうでしょうか。金額だけの比較なら増えた減ったという結果に対して目が行くところですが、このように他の財務情報との比較(「売上総利益率」なら「売上高」と「売上総利益」、「売上債権回転期間」なら「売掛金」と「売上高」)によって矛盾がないかどうか異常がないかどうか見えてきます。
注目すべきポイントを赤字で示しました。過去2年と比較して異常を示した数値です。これを監査の観点から見るなら、売上高利益率の上昇、売上債権の回収期間の長期化は売上の水増しによって生じる可能性がありますから、売上高の不正を疑うことになります。
つぎに、社内の財務分析として利用すると、
・当期に好条件で製品を買い取ってくれる新たな取引先を開拓
・ただし、海外の取引先であるため債権回収までの期間が他の取引先より長くなっている
・海外に活路を見いだした当社の販売戦略が実を結んだ。決算書でそのことが証明されている
となります。
社内で行った売上増加のための方策とそれが実現したという事実と決算書の数値が一致していて、会社が順調に伸びていることが分かりました。
分析的手続の注意点
効率的に財務分析ができる分析的手続ですが、いくつか注意すべきことがあります。
1つは利用する情報の正確性です。せっかく分析するのに利用する情報が正しくなければその結果も当然正しくなりません。社内の内部統制を充実させることで正確な情報収集が可能になります。
2つめは比較する対象の関連性が適切か。たとえば、「人件費」と「従業員数」の関係には一定の相関があると考えられますが、「支払利息」と「売上高」を比較しても強い相関関係は認められません(支払利息と比較するなら借入金や社債などが妥当です)。比較する情報の間の関係を正しく把握することが必要です。
3つめは、分析する人が内容をよく分かっていること。単に数字を並べるだけでは意味がありません。比較の結果について正しく分析することができてはじめて数字にも意味が出てきます。担当者の力量も、適切な分析に必要な要素です。
まとめ
財務情報やそれ以外の情報との比較で決算書の数値を調査する分析的手続は財務分析でも利用できます。
手間もかからないので、ポイントを掴んで会社経営にも生かしていきましょう。
<おまけ>
UEFAチャンピオンズリーグが面白いです。
マンチェスターシティvsバイエルンミュンヘンのビッグクラブ同士の対戦は劇的な展開で朝から疲れました。