決算書に危険を察知したら残高確認をしてみましょう

会社では業務を行う過程で不正や誤りを防ぐために様々な仕組みやルールを作っています。この仕組みやルールが適切に作られていて、正しく運用されていれば、そうそう不正が起こることはありません。ですが、どんなに立派な仕組みでもそれをすり抜けて不正を企む人もいます。決算書をはじめとする経理資料から、不正が疑われることがあれば残高確認をしてみるのも一つの方法です。

目次

残高確認の中身を見ていきます

 

残高確認は取引先に債権や債務の残高を問い合わせる方法です

残高確認は監査で使われる調査方法(監査手続と言います)の一つで、取引先(得意先や仕入れ先など)に「あなたの会社に対する売上債権が500万円ありますが、間違いはないですか?」という確認の書面を送り、回答を得るというもの。残高確認は監査手続の中でも基本中の基本であり、得られる証拠が強力なので、実施しない監査チームは1つもありません。それだけ会社の数字を確かめるのに有効な方法として認められているということです。

 

残高確認の証明力

残高確認が有効である大きな理由は、残高確認で得られる証拠が、会社の外部者からの回答という客観性の高い情報であることによります。監査においては様々な方法で調査を実施して、その結果を証拠として積み上げることによって、会社が作った決算書の数字が正しいかどうかについて結論を下していきます。
証拠も様々ですが、証拠の形態とどこから入手した証拠かによって分類され、証明力が決まってきます。
次の表を見て下さい。

Evidence
(「監査基準委員会報告書31号 監査証拠」を参考して作成)
 

証拠の形態と証明力の関係をボックスの左手に弱、中、強で、証拠の入手先と証明力の関係をボックスの右手に弱、強で示しています。たとえば、外部から入手した文書的証拠のボックスは「中+強」となっていますが、これは証拠形態の証明力については3つの中で真ん中の証明力、入手先については強い証明力、であることを示しています。

 

それぞれの項目について簡単に説明しておきます。まず、入手先ですが会社の内部から入手した場合と外部から入手した場合に分けられ、外部から入手したほうが証拠力が強いと判定されます。内部から入手した書類は、外部から入手した証拠に比べて、事情を知っている者が何らかの方法で証拠に手を加えることが容易であるため、証明力が弱いと判定されるのです。

 

証拠の形態については、口頭での証拠は形として残せないので、時間の経過による記憶違い等による正確性について問題があり証明力が弱いと判定されます。
文書的証拠は、事実を文章や数値による文書の形で確認した結果で口頭証拠に比べれば正確性は高く証拠力も高いと判定されます。
さらに、物理的証拠は、実際に現金を自分の手で数えるなどの方法によって、事実を直接確かめることができるので、3つの中では証明力が最も高いと考えられています。

 

残高確認は、外部から入手する文書的証拠になりますので、証明力は「中+強」で強い証明力をもつことになります。

 

 

闇雲に確認状は送りません 異常のあるところを狙い撃ちしましょう

先述の通り残高確認は有効な調査の手段で、入手できる証拠の証明力が高いことが分かりました。それなら、どんどん確認状を送って残高確認したいところですが、そうもいきません。残高確認は取引先別に残高を調べて、確認状を作成して郵送します。返送がなければ状況を確認しなければいけませんし、回答が返ってきたらその内容について分析して報告しなければいけません。一口に残高確認と言ってもそのプロセスは簡単でなく、有効な調査にするにはかなりの時間と労力を要するのです。

 

さらに重要なことがあります。それは取引先からの協力を得なければいけないことです。取引先もご自身の会社と同じように、通常の業務を行っていますから、経理担当者も忙しくされています。その中で取引とは直接関係のないことに時間を割いてもらうのですから、気が重くなります。将来の取引を考えると「面倒な会社だ」と思われたくありませんから、簡単には依頼できません。

 

そこで、残高確認は、決算書を分析して異常のある科目を発見した後、さらに異常の原因と考えられる取引先に絞って実施します。
たとえば、決算書の前期比較によって売上債権が異常に増加していたとします。次に売上債権残高の取引先別の明細を作成して、前期比較。1.異常に増加したものと、2.新たに加わったもの、の2つに絞って確認状を送る取引先を決めるなど、異常の原因と推測される取引先を絞るのです。

 

回答が返ってきたら内容を分析します

このようにして確認状の送り先を決めたら、発送して回答を待ちます。実際には、事前に担当者レベルではなく会社として協力を依頼。不正調査等の実施目的や送付する確認状の内容、回答の方法などを取引先に伝えて了承を得てから発送することになります。

 

無事回答が返ってきたら内容を分析します。問い合わせた内容がたとえば、「あなたの会社に対する売上債権ですが12月末日時点で500万円になっています、あなたの会社ではいくらになっていますか」と問い合わせて「500万円ですよ」と返ってくれば問題はありません。ところが、「350万円ですよ」と返ってくる場合もあります。金額が一致していないのです。一つの取引を売り手と買い手の立場から確認しているに過ぎないのですから、金額は必ず一致するはずです。この回答をもって「不正だ!」と結論づけたくなるのも当然ですが、そこはもう少し慎重に行きます。差異の原因を調査するのです。

 

たとえば、取引先の「350万円ですよ」と回答した残高の内容の明細を送ってもらって、自社の明細と比べてみます。その中には必ず一致しないところがあるはずですから、詳しく原因を調べるのです。
調査の結果、支払い側は既に150万円支払ったものの、支払いのタイミングが銀行の営業時間ぎりぎりで、銀行側では支払いの記録が翌日にされるような場合。支払い側では150万円分残高を減らしますが、入金を受ける側(売り上げた方の会社)では残高を減らせないので500万円のまま。この場合は、銀行による支払いの記録のタイミングが、残高の差異原因であると分かるのです。

 

差異の原因を調査した結果、上の例のように正当な理由による差異で不正はないという結論になる場合もありますし、不正が明らかになる場合もあります。

 

残高確認によって不正が発覚したケース

これは私が担当したケースではないのですが、会社内部で残高確認を行い不正が明らかになったケースもあります。

 

売上高に対して、売上債権が年々大きくなっていることに気づいた経理担当者が明細を作成して前期比較したところ、ある取引先に対する残高だけが異常に膨らんでいることを発見します。該当する取引先の協力を得て残高確認を行ったところ不一致があり、さらに調査を進めると架空の売上が含まれてることが分かったのです。

 

取引先の担当である営業部の社員に確認したところ、ノルマが厳しくなってから、実際の取引ではノルマの達成が困難に。プレッシャーを感じて取引先の担当者の協力を得て、架空の資料を作成してもらい、会社にはその資料を提出して売上として報告していたというものでした(協力した取引先の担当者へはキックバックを支払っていました)。

 

 

まとめ

残高確認は強い証明力を持つ調査方法です。
決算書の分析等を通じて不正などが疑われる異常を発見したら、残高確認を実施するのも一つの方法です。会社の数字の異常に気づくようになったら、さらにその原因を確かめるための方法を知っておきましょう。会計、経理周りの実務能力をさらに高めることができます。
<おまけ>
不正調査はできればやりたくない仕事です。
従業員同士では難しいところもありますので、外部の専門家に依頼して実施してもらうのも一つの方法でしょう。

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