公認会計士として監査の仕事をしていると会社の数字の変化に敏感になります。クライアントが作成した決算書を見て「何かおかしいな」と感じる部分を中心に数字を見ていきますが、そのきっかけとなる違和感に気づけるようになったのは、前期比較によって数字の感覚を磨いてきたからです。
前期の数値は基準 基準と比べることで当期の数字に意味づけができます
簡単に前期比較を説明すると、前期の数字と当期の数字を並べてその変化を調べる分析法です。前期の数値を基準にして当期の数値がどれだけ変化しているかを調べます。
まず、その期の損益計算書だけを見て下さい。
(オリエンタルランドの損益計算書から抜粋)
この損益計算書だけでも当期の業績は分かるのですが、数字自体の信憑性はどうなのか、売上は大きいのか小さいのか、経営状況は良好なのか悪化しているのかなど、その数字の意味するところがぼんやりしていて、実態を掴みきれません。その理由は基準がないからです。
「体重は70kgです」と言われた時、体重そのものは分かります。ですが、それだけでは、それが重いのか軽いのか、そこから増やすべきなのか減らすべきなのか、など、その情報を意味づけする(「重いor軽い」など)ことはできません。情報を意味づけして役立てる(「ここから増やすべきor減らすべき」など)ためには基準になるものを用意して、それと比較する必要があるのです。
プロのサッカー選手が最良のコンディションでゲームに臨むため、ベスト体重を65kgと設定しているとき。先ほどの70kgは「重い」という意味づけができます。さらに、その情報は「ベスト体重である65kgになるよう5kg減らす」という行動の方針を決めるために生かすことができるのです。
このように、基準を決めて比較することによって、数字は事実として分かるだけでなく、それに意味づけをして役立てることができるようになるのです。
この点は決算書でも同じです。前期の数字を基準にすることによって当期の経営状況がどうであるかがよく分かります。
どうでしょうか。前期の数字を横に並べるだけで、各項目の数字が持つ意味が分かってくるのではないでしょうか。一つだけ見てみると、一番上にある売上。当期だけの数字(473,572)を示したときには、よく分かりませんでしたが、前期の数字(395,536)と比べると、「売上が伸びていて、業績は好調」と分かるわけです。
変化の大きい数字に注目! その数字に矛盾がないか証拠を確かめていきましょう
前期の数字を基準にして比較することで、当期の数字に意味づけできることが分かりました。ただ、全ての項目を同じように比較して意味づけするだけでは問題点がどこにあるかは分かりません。注目すべきポイントを絞る必要があります。
前期比較の中で注意すべきポイント、それは変化の大きい項目です。変化の大きい項目は、会社にそれまでとは違う動きがあったことを示しています。変化の小さいところは、前期と同じような取引をしているはずですから、その点については前期に検証済みと考えて深くは追求しません。当期に変化があった項目に絞って中身を見ることで、短時間で的確に問題点に辿り着くことができます。
変化の大きい項目をピックアップするために、先ほどの前期比較の表の中に、増減額、増加率の項目を加えておくと分かりやすくなります。
こうして、変化の大きい項目を把握したらその変化が異常なものではないことを証拠を集めて確かめます。
たとえば、先ほど取り上げた売上ですが、増加率が19.73%とかなりの比率で増えていることが分かります。オリエンタルランドはディズニーランド、ディズニーシーなどを運営する会社ですから、売上を伸ばすような原因があったのかどうかを証拠を集めて確かめるのです。
少し想像するだけでも色々考えることができます。
・売上が増えたということは、来場者数が増えたかor1人の人が使う金額が増えたか
・来場者が増えたとすると少子化が進んでいる現在の傾向と矛盾しないか
・来場者が増えたとすると海外からのお客さんが増えたのか
・1人の人が使う金額が増えたのは娯楽への消費が減少している現在の傾向と矛盾しないか
・1人の人が使う金額が増えたのは、場内のアトラクションやグッズの料金を上げたのか。もし料金を上げたのなら入場者数への影響はなかったのか
など、色々な角度から原因を考えて、担当者へインタビューしたり国や自治体が公表しているデータを確認するなど、裏付けとなる証拠を集めてその変化が妥当かどうかを確かめるのです。
ここで、矛盾が出てくると決算書に誤りがあったり、場合によっては粉飾の可能性もあります。この大きな変化のある項目に注目して、矛盾がないことを証拠で固めていくという作業をして誤りや粉飾がないことを確認するのが監査の大きな流れです。
変化とその原因が分かったら、その情報を次の行動へ生かします
大きな変化が正しい理由によるものであることが分かったら、次はそれを生かしていきます。
たとえば、先ほどの売上のケースで売上の増加原因が開業30周年のキャンペーン企画による来場者の増加であることが分かった場合。次の事業年度では同じ方法はとれませんから来場者の減少が予想されます。今期と同様の売上増加を見込んだ経営計画を組んでいるようならその修正(売上、利益の下方修正)を依頼するでしょうし、固定費を増加させることになる採用計画や設備投資計画などにも見直しが必要になります。
このように、数字の大きな変化をに着目して正しい原因を把握できれば、翌期以降の計画や方針に有益な情報を得ることができるのです。
まとめ
会社の数字はぼんやりながめるだけでは退屈です。
前期比較を使って数字の変化を掴むことが、経営に役立つ分析や決算書の誤りに気づく大きな1歩になります。ご自身の会社の数字だとより実感を伴った分析ができますので是非一度試してみてその有用性を確かめてみて下さい。
<おまけ>
昨日、駅から歩いていると、路肩に駐車した大きなバスから同じ制服を着た高校生らしき生徒が何人も降りてきて驚きました。何があるのかと調べてみると近くのホールで吹奏楽の全国大会が開かれていたようです。今日は文化の日、ライブで音楽を聴きたくなりました。