平成30年度の税制改正大綱が閣議決定されました。今回は所得税を中心に個人の税金に関わる改正のポイントを解説していきましょう。
給与所得控除の見直し(増税)
・給与所得控除の控除額が10万円引き下げ
・給与所得控除の上限を適用する給与収入額を850万円に引き下げ
・給与所得控除の控除額の上限を195 万円に引き下げ
概要
会社からもらっている給料や報酬に対しては所得税がかかります。
税額は次の式で計算されますが、
「給与・報酬」から差し引かれる「給与所得控除」が、今回の大綱で引き下げられる(減額される)ことになりました。式を見て分かる通り「給与・報酬」、「所得控除(給与所得控除以外)」、「税率」が同じなら「給与所得控除」が減ることで税額は増えることになります。つまり、増税です。
H30年大綱の給与所得控除の見直し
給与所得控除は次のように変更されます。
(H30年大綱)
給与等の収入金額 (給与所得の源泉徴収票の支払金額) |
給与所得控除額 |
---|---|
162.5 万円以下 | 55 万円 |
162.5 万円超180 万円以下 | その収入金額×40%-10 万円 |
180 万円超360 万円以下 | その収入金額×30%+8万円 |
360 万円超660 万円以下 | その収入金額×20%+44 万円 |
660 万円超850 万円以下 | その収入金額×10%+110 万円 |
850 万円超 | 195 万円(上限) |
参考(平成29年分)
給与等の収入金額 (給与所得の源泉徴収票の支払金額) |
給与所得控除額 |
---|---|
1,800,000円以下 | 収入金額×40% (650,000円に満たない場合には650,000円) |
1,800,000円超 3,600,000円以下 | 収入金額×30%+180,000円 |
3,600,000円超 6,600,000円以下 | 収入金額×20%+540,000円 |
6,600,000円超 10,000,000円以下 | 収入金額×10%+1,200,000円 |
10,000,000円超 | 2,200,000円(上限) |
表だけだとごちゃごちゃして分かりづらいので、具体的な給与・報酬の額を使って比較してみましょう。
まず、給与・報酬が850万円までのケースを比較すると、控除額は一律10万円引き下げられることが分かります。
また、現行では給与・報酬が1,000万円になると給与所得控除が上限に達して、それを越えると給与所得控除は一律220万円になっていますが、H30年大綱ではこの上限に達する給与・報酬の額が下がって850万円になり、さらに給与所得控除の上限も一律195万円に引き下げられていることも大きな変更点です
今回の大綱で「高所得層への増税」がよく指摘されていますが、その理由の1つがこの給与所得控除の上限の引き下げです。
850万円以下の給与所得者についても、控除額が一律10万円引き下げられているので増税されているように見えるのですが、この増税分は次で説明する基礎控除の増加(10万円)で吸収されてしまうので税額は現行と変わりません。
従って、増税になるのは、給与所得控除の引き下げが10万円越になる850万円超の給与所得者になります。
基礎控除の見直し(減税。ただし所得が2,400万円超で増税)
・控除額を一律10 万円引き上げ
・ 合計所得金額が2,400 万円を超える場合は所得金額に応じて控除額を減額
・合計所得金額が2,500 万円を超えると基礎控除はゼロ
概要
基礎控除が一律10万円引き上げられることになります。
所得税は次の式で計算されますが、
基礎控除は、所得から差し引かれる所得控除の1つですから、基礎控除が引き上げられることで所得税の金額は減少します。つまり、減税です。
ただし、これは所得が2,400万円以下の場合です。所得が2,400万円を越えると反対に増税になるので注意が必要です。詳しくは次の「H30年大綱の基礎控除の見直し」で見ていきます。
H30年大綱の基礎控除の見直し
基礎控除は次のように変更されます。
現行の基礎控除は38万円で定額なのに対して、平成30年度大綱では10万円増えて48万円の定額に変更されます。この点に着目すると今回の改正は減税になりますが、これは、所得が2,400万円以下の場合です。
所得が2,400万円を越えると32万円(2,400万円超)→16万円(2,450万円超)と減額されて、2,500万円を越えるとゼロになり、現行よりも増税になります。
このように基礎控除については、減税と増税の両方が含まれた改正です。
給与所得控除と基礎控除の見直しによる影響
(給与所得1,000万円で所得税は3万円増税に)
給与所得控除と基礎控除の見直しについて見てきましたが、税額にどのような影響があるかを具体的に見ておきましょう。
ここでは給与所得控除と基礎控除の影響を分かりやすくするため、所得を「給与所得」に限定し、所得控除は「社会保険料控除」と「基礎控除」のみを考慮。比較するのは所得税とします。
給与所得控除と基礎控除の影響が大きくなるところを取り上げています。
給与所得が850万円以下の場合は、給与所得控除の減額(ー10万円)と基礎控除の増額(+10万円)が同時に行われるため、所得税への影響はありません。
ところが、850万円を越えると給与所得控除が上限に到達してしまうため、少しずつ所得税の税額が増えることになります。給与所得1,000万円では現行よりも3万円の増税です。
さらに、所得が2,400万円を越えると改正後は基礎控除が減額されてしまうため、税額への影響が増します。給与所得が2,700万円になると基礎控除はゼロになることから、252,000円の増税になります。
具体的な税額を見てみると、今回の改正は高所得層にとってかなり厳しいものであることがよく分かります。今後、役員報酬についても見直す必要があるでしょう。
公的年金等控除の見直し(増税)
・定額控除を所得に応じて引き下げ
・950万円を越える所得について定率控除をなくす
・控除額に上限を設ける
概要
国民年金や厚生年金などの公的年金にも所得税がかかります。
税額は次の式で計算されますが、
国民年金、厚生年金などの「公的年金等」から差し引かれる「公的年金等控除」が、今回の大綱で引き下げられる(減額される)ことになりました。式を見て分かる通り公的年金の支給額、所得控除(給与所得控除以外)、税率、が同じなら「公的年金等控除」が減ることで税額は増えることになります。つまり、増税です。
H30年大綱の公的年金等控除の見直し
公的年金控除には、公的年金の支給額とは関係なく一定額を控除する定額控除と、支給額に応じて一定の比率を控除する定率控除があり、その両方を合計した額が公的年金控除の額になります。
今回の大綱では定額控除、定率控除、について次のように変更されることになります。
定額控除については所得に応じて控除額が引き下げられ、定率控除については950万円を越える範囲で控除がなくなることになります。
なお、定率控除の変更については分かりにくい点があるので注意が必要です。大綱では950万円超の比率が0%になっていますが、これは「定率控除がゼロになる」ということではなく、950万円を越える所得について定率控除がなくなるということです。
たとえば、公的年金が1,000万円支給される場合。950万円を越える50万円については定率控除はゼロですが、950万円以下の所得については所得に応じた比率による控除があります。
青色申告特別控除の見直し(増税)
・ただし、e-taxを利用して申告すれば、現行の65万円のまま
概要
青色申告で確定申告する場合、税額の計算で青色申告特別控除を使うことができますが、その青色申告特別控除が現行の65万円から55万円に減額されることになります。
H30年大綱の青色申告特別控除の見直し
個人事業主やフリーランスの方の確定申告には白色申告と青色申告がありますが、税金面で大きく優遇されているのが青色申告です。その中でも特に大きなメリットと言えるのが青色申告特別控除。
基礎控除のところでも説明しましたが、所得税の計算は所得から所得控除を差し引いて税率を掛けて計算しますが、
青色申告を選択していると、所得の計算(「収入ー経費」)からさらに青色申告特別控除を差し引いて税額を計算できるのです。
平成30年度税制改正大綱では、この青色申告特別控除の額が55万円に引き下げられます。
せっかくの控除が引き下げられてしまい、青色申告のメリットが削られてしまうのはイタいところですが、現行の65万円のままで申告する方法も用意されています。
それは、e-taxを使って申告することです。
「青色申告特別控除の引き下げ」だけなら単なる増税ですが、「e-taxの利用で現行水準を維持」がセットになっているので、今回の改正の目的は税収を増やすことよりも、e-taxの利用促進にあると考えられます。
国際観光旅客税(仮称)を創設
目的
国際観光旅客税(仮称)は、観光立国実現のために、観光基盤の拡充・強化を目的として創設されます。
国際観光旅客税(仮称)の使途
国際観光旅客税(仮称)の使い途は次のように説明されています。
をはじめとするわが国が直面する重要な政策課題に合致するものとする
具体的には、
・わが国の多様な魅力に関する情報の入手の容易化
・地域固有の文化・自然等を活用した観光資源の整備等による
地域での体験・滞在の満足度の向上
などとしています。
使途が限定された目的税として位置づけられますが、説明がこれだけだとどんなことにでも使えてしまいそうですね。それぞれの地域が持っている観光資源を生かすためには仕方ないのも分かりますが、目的も使い途も”フワッ”としています。
「税収を増やすために、反対する人が少なそうな所をとりあえず攻めてみた」というのが本音のようで、取って付けた感じが否めません。
対象
課税されるのは船、飛行機で日本から出国する方です。出国する人の国籍は関係ありません。
ただし、
・入国後24 時間以内に乗り継ぎのために出国する方
・ 天候その他の理由で寄港した船に乗っていた方
・ 2歳未満のお子様
・船、飛行機の乗員
は対象外です。
納税額
出国1回につき1,000 円。
飛行機や船のチケット代に含めて納付することになります。
適用時期
平成31 年1月7日以後の出国から適用されます。
森林環境税(仮称)
目的
国土の保全や水源の維持のために森林整備は不可欠ですが、急斜面やガケなど自然条件が悪く採算ベースに乗らない森林については、個人の所有者が積極的に森林整備を行うことができません。
そこで、自然条件の悪い森林について市町村が管理を行う新たな制度を創設することになり、その財源を確保を目的として創設されるのが森林環境税(仮称)です。
使途
森林環境税の使い途は次のように説明されています。
・間伐
・人材育成・担い手の確保
・木材利用の促進や普及啓発
などの森林整備及びその促進のための費用
具体的ですし、決算時のチェックもやりやすそうです。
対象
国内に住所を有する個人
納税額
1人1,000円
個人住民税と一緒に徴収もしくは納付することになります。
施行日
施行は平成36 年度からです。
ただ、新たな森林管理制度の財源として平成31年度に創設される森林環境譲与税(仮称)が、森林環境税(仮称)を前借りする仕組みになっているので、実質的には平成31年度からスタートしていると考えるべきでしょう。
利子の負担が増える分、税負担は重くなっていますから、このようなトリックで財源をひねり出すのは考えものです。政治的な駆け引きでこのような形に落ち着いたと推測されますが、総合的な税負担を重くしてしまっては意味がありませんから、このような税制には賛成できません。
たばこ税の見直し(増税)
・加熱式たばこの税額を同水準にそろえる
概要
増税の対象にならないことがない”たばこ税”ですが、今回の税制改正でも対象になりました。
特徴的なのはIQOS(アイコス)をはじめとする加熱式たばこの税額について、商品によるバラツキを縮小こと。
現状では、JTから販売されている「プルームテック」については、販売価格に対するたばこ税の割合が15%しかなく、アイコス(49%)などと比較して大きな差があります。
これは、”加熱式たばこ”のたばこ葉が詰められているスティックやカプセルの重量1グラムを、”紙巻きたばこ”の1本に換算して税額を決めているためで、商品ごとにたばこ葉の量や形状が異なることから税額に大きな差ができていました。
今回の税制改正では、「加熱式たばこ→紙巻きたばこ」の換算式を見直すことで、加熱式たばこの商品の違いによる税率の差を縮小するようにしています。
税負担の公正性の観点からは合理的な改正と言えますが、増税であることには変わりがないので、愛煙家には厳しい改正です。
なお、紙巻きたばこについても、1本あたり3円の増税が決まっています。
施行日
平成30年10月1日以降、1年ごとに段階的に(第二段階:平成31年10月1日→第三段階:平成32年10月1日→第四段階:平成33年10月1日→第五段階:平成34年10月1日)施行されます。
まとめ
平成30年度の税制改正は、個人にとっては増税方向への改正になりました。個人消費への影響が非常に気になります。